もうあの国のことは書かないようにしようと
思ってたのだけど。
私の中では例のセ号沈没時にあの国は終わった、と
思っています。より正確には終わっていることが
はっきりわかった、というほうがしっくりきますが。
国家の最も根源的な役割は、国民の生命、財産を
守ることです。しかるにセ号の時はどうでしたか。
前途ある若者が無駄に多数亡くなっているのを確認するとき
ああ、あの国は国ではなくなったのだな、とよく理解できたのです。
さて、現今の状況はどうでしょうか。
「開いた口が塞がらない」というのが今の感想です。
例えば国を形作るに際して、こまごまとした下地処理や
その他の手間暇をかけて基礎をつくり、
その盤石な基礎の上に様々な特色ある構造物を構築して
国とするのです。
あの国はどうでしょうか。
目の前に千年を超える国齢を持つ盤石な国があるので
とりあえずその国の先端部分に強固なロープをかけ
自分たちを引っ張り上げてもらうことで「先進国」の
仲間入りまで果たしたのです。
通常であれば、一時的な状態でその間に懸命な努力による
土台構築を急ぐはずなのに、あの国は何もしなかったのです。
掛けるロープの太さやその編み方にばかり腐心してきたのです。
むそろそろいいでしょう。
いいかげんロープを切っても。
遥かな高みにまで至っているので落下の衝撃は相当なものでしょうが
自分たちで選んだことですからね。
最も美しい日本語を手向けとしてあげましょう。
「さようなら」と。
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